2007年09月26日
カスティーリャ女王とはなんでしょうか?
イサベル1世はカスティーリャ・レオン王国の王フアン2世と2番目の妻でポルトガル王女(ジョアン1世の息子アヴェイロ公ジョアンの娘)イサベルの長女として生まれた。イサベルという名は母から娘へと受け継がれてきた名前であり、このイサベルですでに7代目だった。初代は13世紀ポルトガル王妃で聖人に任ぜられた聖イサベル(en:Elizabeth of Aragon)。イサベルが3歳の頃に父が他界すると、異母兄のエンリケ4世によって母・弟アルフォンソと共に追放され、不遇な少女時代を送った。母イサベルはその生活のため精神を患い、親子は苦労を強いられた。その後、子宝に恵まれなかった兄王に女児フアナが生まれたが、父親が誰かという疑惑が生じ、王位継承問題が発生した。一部の家臣らは現国王を見限り、異母弟妹であるイサベルとアルフォンソを次の国王に据えようとした。
1464年、アルフォンソ12世の即位の儀式が行なわれているが、一国に2人の君主がいる状況は内乱を招いた。この状態は1467年のアルフォンソの死によって終止符が打たれる。アルフォンソの支持者はイサベルを次の国王に据えようとしたが、イサベルは「兄が生きている間は他の王を戴くべきではない」と、兄の娘かどうか不明なフアナよりは自身の王位継承順が高いことを示す拒否の仕方をした。
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